※ご参考読本(寅)【どう読む?:返読、再読、置き字、返り点、追書】
この読本は拙子のわずかな経験の書き連ねです。一知半解で不足が多々ありますことをご容赦ください。
・古文書には特有の読み方をする文字があります。漢文や漢詩などとも共通しますが、江戸時代の古文書では限定された文字とも言えますので経験を重ねながら覚えることになります。以下は代表的なものです。
【返読】
◯「返読」は返読文字がある場合に下から返って読むことをいいます。
・返読文字は返り点が付されていなくても返読します。古文書原文には返り点は付されていないのが通常ですので、返読文字がある場合は文意・文脈から判断して返読します。返読文字を解読筆写する場合には返り点を付します。
・以下は代表的な「返読文字」とその読み方の例です。返読は直後の1文字から返る場合もあり数文字下から返る場合もあります。
「以」⇒「以面:めんをもって」「以書付:かきつけをもって」
「於」⇒「於仰:おおせにおいて」「於今者:いまにおいては」
「可」⇒「可及:およぶべし」「可然様:しかるべきよう」
「為」⇒「為念:ねんのため」「為読聞:よみきかせ」
「乍」⇒「乍知:しりながら」「乍序:ついでながら」
「被」⇒「被下:くだされ」「被申付:もうしつけられ」
「不」⇒「不有:あらず」「不知事:しらざること」
「無」⇒「無拠:よんどころなく」「無沙汰:さたなく」
「令」⇒「令披露:ひろうせしめ」「令請印:うけいんせしめ」
「難」⇒「難計:はかりがたし」「難申尽:もうしつくしがたし」
「有」⇒「有異見:いけんあり」「有御座度:ござありたく」
・このほかにも「致」「奉」「得」「及」「如」「自」「至」「雖」など頻出する文字があります。
・返読文字が熟語に入っている「以下」や「可能」などは返読しないので、前後の字句のつながりに注意する必要があります。一方で「乍(ながら)」のようにほとんど必ず返読する文字もあります。
・返読する箇所の解読には少し立ちどまることも必要で、例えば「不容易事」はそのまま文字順に沿って読んでしまいそうですが、正しくは「よういならざること」と読みます。
・返読文字は多々あり面倒と感じそうですが慣れてくると、妙なリズム感のようなものも生じてきて面白さも感じます。
【再読】
◯「再読」は再読文字がある場合にその文字を2度読むことをいいます。
・1度目は返り点の有無にかかわらずそのまま訓読みして、2度目は再読文字として読みますので、都合2回読むことになります。2度目の読みは返読箇所の文字の活用によって変化します。
・再読文字で頻出する「未」の例ですが、「いまだ・・・ず」と再読します。具体例を次に示します。
「未被得」⇒「いまだえられず」
「未得貴意」⇒「いまだきいをえず」
・「未ダ貴意ヲ得ズ」と読むための「返り点」は古文書原文には付されていないことが一般的です。
「未得貴意申候」⇒「未ダ貴意ヲ得ズ申シ候:いまだきいをえずもうしそうろう」は正しく、
「未ダ貴意ヲ得申サズ候:いまだきいをえもうさずそうろう」とはなりません。
どの字から返って再読するかは文意などで判断します。
・「未」のほかにも、再読文字は「将」➡「まさに…せんとす」や「宜」➡「よろしく…すべし」など多多あります。
※蛇足ですが、「未」は「いまだ」であり「いまだに」ではありません。「未だ」は未実現の否定で例えば「未だスマホに馴染めない」、「今だに」は継続性のある肯定で例えば「今だにガラケーを使っている」のようになります。
【置き字】
◯「置き字」は文中にあっても読まない文字のことです。「付字(つけじ)」ともいいます。
・前後の語句の修飾的、助詞的な役割を持ちますので、読み言葉が置き字によって左右されます。拙子の理解は中途ですが勉強を兼ねて示しました。
・置き字には「而」「於」「乎」「于」「矣」「焉」「兮」などがあります。「于」を例にすると次のようになります。
「于」の字音と字義は「ウ、ク、おいて、ここに」
「至于今」は「今ニ至ル」と読む(「ニ」が「于」の意味を表す送りがな)
「于今」は「今ニオイテ」と読む(「オイテ」は「于」の前に動詞などがないため)
「学于古文書」は「古文書ヲ学ブ」と読む(「ヲ」が「于」の意味を表す送りがな)
この他には、
「而」の例では「ジ、ニ」で「しこうして(順接)、しかるに(逆接)、すなわち(仮定)」などあり、拙子はさらに勉強が必要です。
【返り点】
◯「返り点」は、原文の文字の並びを所々で順番を変えて読む符合です。中国語の音読みを日本語の訓読にするためのものです。
・返り点の種類にはいくつかありますが、江戸時代の一般的な古文書では「レ点」と「一二点」の二つがほとんどで「上下点」がときに表れます。それ以外の返り点は漢詩や漢文で多く表れますが下から返って読むルールは同じですので応用できます。
①「レ点」⇒一字下を先に読み、上へ返り上の字を読む
②「一二点」⇒「一」まで先に読み、「二」に返り「二」の字を読む
ルール上は「三」以上もあり得ますが「四」以上は実際上はないようです。「一二点」の範囲内に「レ点」が入ることはあります。
③「上下点」⇒「一二点」を前後をまたいで返ります。
「上下点」は上中下の三区分あります。「一二点」が「上下点」を挟むことはありません。
④「竪点(たててん)」⇒返り点ではありませんが二文字をまとめて扱うことを示します。
二文字をまとまりとして扱う場合にその文字間を「|」(たてぼう)で結び「返り点」を制御します。
・以下に返り点の具体例を示します。縦書きにしましたのでお使いのメディアなどの条件によって見にくい場合はご容赦ください。
④
三
-
省
吾
身
③
可
令
存
知
給
②
及
困
窮
①
被
為
成
・用例の文字を読み順に従って分解すると次のようになります。必ず上から下に向かって読むのが基本です。
①「レ点」⇒「成」なサ「為」せ「被」られ
②「一二点」⇒「困窮」こんきゅうニ「及」およビ
③「上下点」⇒「存知」ぞんじ「令」せしメ「給」たもウ「可」べシ
※2のように「上下点」は「一二点」の外側で返ります。
④「竪点」⇒「吾身」わがみヲ「三省」さんせいス
※1部分は文字ではなく「竪点」の符合(たてぼう)です。
・「竪点」の符合を便宜上ハイフンにしたために1文字になっていますが実際は「三」と「省」の文字間に小さく書き込みます。古文書によっては「竪点」を多用し朱記し分かり易くしているものもあります。
・①~④のように返り点が付されて読み仮名があるものは古文書を解読筆写した結果ですので、返り点のない文章にして返り点の必要箇所と読み方をイメージしてみてください。
例えば次の例はレ点が一つですが付す箇所は異なり読みも異なります(慣用句として覚えます)。
「被成候」「被成下候」
・上記以外にも下記の「返り点」があります(必要になることはほとんどないようです)。
「甲乙点」⇒「甲乙丙丁・・・」、「甲乙点」は「上下点」をまたいで返る。
「天地点」⇒「甲乙点」をまたいで返る。
「乾坤点」⇒「天地点」をまたいで返る。