※お役に立てば(辰)【さもあらん:旧字、俗字、略字、異体字、合字、畳字、割書】
この読本は拙子わずかな経験の書き連ねです。一知半解で不足が多々ありますことをご容赦ください。
◯古文書のくずし字は実に多様です。漢字一文字ずつに多種類のくずし字が存在します。
・くずし方も楷書に近いくずし字から元の字形をほとんどとどめないものまで実に多様です。
・漢字一つに対して多数のくずし字があるのはくずし方の程度がさまざまということと、字母になっている漢字が複数あることも関係しています。それがくずし字を分かり難くしている一因になっています。
・くずし字の字母になっている漢字は中国の漢字が渡来し、古代・中世・近世・近代と変遷を重ねてきたなかでその種類も増えてきたものと思われます。
・現代の私たちの経験範囲でも当用漢字から常用漢字の変更によって、例えば「燈」は旧字になり、「灯」が常用漢字に改められました。現在でも同様のことが発生している一例です。
・本項タイトルに旧字・俗字等々多々並べていますが、ここではそれらの定義を述べるものではなく、また明らかにしようというものではありません。色々な字体がくずし字のもとになっていることを知るためのものです。
【旧字】
◯「旧字」は、1949年に当用漢字表が定められた制度変更でも数多く発生しています。
・この制度変更以前(言い換えれば太平洋戦争以前)まで使われていた、画数の多い字体が簡易字体に変更されて、画数の多い字体は旧字になっています。「國から国」「體から体」など数多くの変更がありました。
・太古から太平洋戦争直後の制度変更まで気の遠くなるような期間で用いられていた字体の多くが旧字になりましたので、その旧字から出来たくずし字から現在の常用漢字を連想し難くなっているのは当然といえます。
・くずし字は旧字をもとにしたものが多数ありますので、例えば「應=応」と「觸=触」を例にすれば、くずし字の運筆や筆順をなぞっても「応」と「触」にたどり着くのは簡単ではありません。つまり「応」のくずし字に「應」があると覚えておかなければなりません。
【俗字】
◯「俗字」について、新国語大辞典では『俗間通用の文字。正字体ではないが、世間でふつうに用いている漢字』と説明されています。
・例えば「伜」は「倅」の俗字、「舘」は「館」の俗字となっています。ほかにもたくさんあります。
・「体」を例にすると旧字は「體」「軆」「骵」「躰」「骨+骨の字」の5種類ほどあります。古文書で出現するくずしの字母は「體」「躰」が多いように見受けられます(なお、この5種類の俗字と異体字の区別はよく分かっておりません)。
・「当」を例にすると「當」は俗字か旧字かの区分は不明ですが(辞書によって異なる)、古文書では「當」のくずし字が頻出で「当」のくずし字はほとんど目にしません。また分かり難いれいでは「紙」は「帋」のくずし字がよく使われています。
【略字】
◯辞書で「略字」を調べると「聲」の略字が「声」、「廰」の略字が「庁」、「萬」の略字が「万」などと説明されているものがあります。
・この3例はいずれも略字と説明されている方の字が現在の常用漢字です。画数の多い方の字は旧字です。
・略字とは画数の多い字の一部の画が省略されたもので、略字すなわち昔の字とか常用漢字ではない、ということではないようです。
・旧字の「應」「觸」で例にしたように、略字も画数の多いさまざまな字体が旧字の字母となっていることが分かります。
【異体字】
◯「異体字」の種類は古文書関係の参考資料などにその一覧が掲載されています。おおよそですが300文字くらいはあるでしょうか、漢文や漢詩に造詣のある方以外は“こういう字があっるの”という程の馴染みのない字です。
・中国から漢字が伝来するなかでさまざまな字体があって、その後の日本での漢字の使用にともなう変化や便宜上から、画数の省略や曖昧な書き方などがそのまま異体字のもとになったように思えます。
・比較的最近のことですが、例えば「斉藤」の「斉」や「渡邊」の「邊」の字体が多数あるのは、明治の戸籍制度導入時の登録時に発生したといわれており、事程左様に古文書で使われている字体に異体字が多いのは、大昔からの同じような状況で多くの異体字が生まれたと思われます。
・異体字をPCで表示することはほとんど無理で、次の4例がやっと表示できました。
・「异」⇒「異」の異体字(「异のサの部分が大の字」の異体字もあり)
・「畞」⇒「畝」の異体字
・「桒」⇒「桑」の異体字
・「厺」⇒「去」の異体字
・これらの異体字はいずれも現在では馴染みのないものですが、古文書には異体字を字母とするくずし字が頻出します。
※余談ですが、拙子がスラスラ書けない文字に「儘」と「尽」があります。古文書の解読筆写で常用漢字にする場合に、「儘」にすべきを「侭」と誤ったり、「尽」とすべきを「藎」と誤ったり、いつも一呼吸してしまいます。
【合字(ごうじ)】
◯「合字」は約7種類あるようです。
・現在は使わない特殊な文字ですのでPCで表示できるのは限られていて、「ゟ(より)」と「〆(しめ)」の2文字だけでした。そのほかの文字は分かり難くて恐縮ですが言葉で示します。
・「(と)して」⇒「〆」の右下への交差線が突き抜けない文字
・「こと」⇒「ー」の下に「と」をつなげた文字
・「コト」⇒片仮名の「フ」の斜め線が真っすぐ下りた文字
・「トモ」⇒「|」の右に「モ」を付けた文字
・「トキ」⇒「|」の右に「キ」を付けた文字
・具体的な字体は他の文献などを参照していただきたいと思います。例えば「古文書検定協会」様のWebサイトにも掲載されています。なお文献によってはこの合字を略字と説明しているものもあります。
【畳字(じょうじ)】
◯「畳字」は文字の繰り返しを表すもので「、踊り字」「重ね字」「踊り字」「送り字」などとも言います。
・古文書で多く目にする畳字は「〻」と「〱」で、「仝」「〃」「ゝ」はあまり見かけません。
・古文書の「〻」か「〱」を解読筆写するときは次のように書き表します。
・漢字の畳字は「々」
・平仮名の畳字は「ゝ」
・片仮名の畳字は「ヽ」
・2文字以上の畳字は「〱」(かなの「く」を長くした符合)
・畳字は現在でも使用される文字や符合ですが、拙子はなんとなく曖昧にしていたので勉強のために整理してみました。
・「仝」(どう):「同」の古字あるいは異体字
・「々」(どうの字点)
・「〃」(ノノ点)
・「ゝ」(一の字点):平仮名に使用
・「ヽ」(一の字点):片仮名に使用(平仮名の一の字点の刎ねがない)。
・「〻」(二の字点):漢字に使用
・「〱」(くの字点):横書きのときは〳〵と表記
・畳字に濁点を付すときは、一の字点、二の字点、くの字点それぞれに濁点「゛」を付加
・くの字点の横書きの濁点は〳゛〵と表記(半濁点の例は見かけていません)
【割書】
◯「割書」はかなり特殊で例外的な字形で具体例は少ないのですが、「蔵人頭右大弁藤原尚房」という署名の場合です(※)。
・「頭」の字の中に「右」の字を割り入れる。
「頭」の偏と旁を左右に分解してできる空間に「右」を挿入⇒「豆+右+頁」と横に並べて1文字のように書く。
・「藤」の字の中に「原」を割り入れる。
「藤」を草冠と偏と旁の3つに分解してできる空間に「原」を挿入⇒「草冠+月+原+(≒泰)」とまとめて1文字のように書く。
・このような書き方を「割書」というようです。この解説文(※)には「これは勅旨の口宣案に書かれている署名で、口宣案においては署名は長くなっても必ず1行に書くべきものとされていたために、このような割書の方法が考え出された」と説明がありました。
(※出典:NHK学園古文書講座の教本)
・この古文書を目にした際にはチンプンカンプンでしたが、しばらくその字体を見つめていました。実はその字形が美しかったのです。
・割書ではありませんが似たようなものを例示しますと、「枩=松」や「嶌=島」「秋=秌(火+禾)」のように偏や旁や一部の画の位置を変えた文字もくずし字によく使われています。「秋」と同様に偏と旁を左右置き換えたくずし字はほかにもあります。