※お役に立てば(巳)【ほぉー:変体仮名、同音異字、追書、干支】
この読本は拙子のわずかな経験の書き連ねです。一知半解で不足が多々ありますことをご容赦ください。
◯古文書の解読と解釈はくずし字の読みこなしがまず最初の関門で、くずし字は慣れるまでなかなか手ごわい部分もあります。それでも慣れてくるとどこをポイントに観察すればよいかが自然と身に付きます。
・前項まで(・・・寅・卯・辰の各項)に引き続いて、本項もまた字体や書体など古文書を読むうえで避けることのできない事柄について述べます。
【変体仮名】
◯「変体仮名」は漢字の字画が省略されたり草書体がさらにくずされたりして出来ているようです。
・変体仮名が使われている平安時代の古今和歌集や散らし書きなど、流れるように書かれたものを見ると大変美しいと感じます。スラスラ読めず意味曖昧でも見惚れますので、読解できればもっと感じるはずです。
・身近なものでは私信のような書状にも変体仮名がよく使われています。また「往来物」という当時の庶民の教科書や副読本にも変体仮名が多く表れます。
(※)トップページのスライドショーに載せた祖父の手紙にも変体仮名が使われています。
・ビジネス文書のような古文書では「助詞」の「て・に・を・は」を「而・尓・越・者」とし、「・・のとき」を「・・能登支」とするなど色々な箇所に変体仮名は頻出します。
・変体仮名の「平仮名」と「片仮名」の字母は共通するものが多く、50音ですからその数は知れているとも言えますが、変体仮名の解読に苦労する点は文字が連続し切れ目なく書かれていることにあると思います。
・変体仮名でも漢字の楷書のような字体で書かれているものもあります。また「あ」の字母に「安」を用いたり「阿」を用いるなどはよく目にします。このようなさまざまな字体や字形を一つの文書に混在させることは古文書の一般的なことで、これも「(卯)・・句読点・・」の項で述べたように、教養レベルにこだわる「見栄を張る」的な当時の表現方法の一つではないかと拙子は考えています。
・口語で濁点が付く場合であっても濁点が付されていないものもあり、ほとんど漢字そのものの字体に濁点が付されているものもあります。
・片仮名で書かれた古文書は数少ないようですが、戦国時代の「村掟」(※)の例では漢字に片仮名混じりの文書になっています。これは農民が書いたもので特有の用語と言い回しや、濁点が付されていないなどそれなりに読み難くいものでした。
(※)NHK学園古文書講座の教本から
【同音異字】
◯「同音異字」は、読み言葉が同じ音でも異なる文字をいいます。
・古文書に同音異字は頻発します。助詞では次のような例があります。
・「て・に・を・は・も」⇒「而・尓・越・者・茂」あるいは「天・耳・遠・盤・毛」
・熟語では次のような例があります。
「意見」⇒「異見」
「足袋」⇒「足皮」
「寝食」⇒「寐食」(寝と寐は別字ですが、くずし字が酷似で要注意文字です)
・名前や地名など固有名詞では次のような例があります。
「組頭⇒与頭」「佐兵衛⇒佐平」「川口⇒河口」
・品名では次のような例があります。
「梅肉⇒ば以肉」「海苔⇒能里」「紫蘇⇒志そ」「長芋⇒長以も」
・慣用句では次のような例があります。
「申間敷候⇒申間舖候」「六ケ敷⇒「睦ケ敷」「又⇒亦」
・同音異字にはいわゆる当字や宛字も含んでいて頻繁に表れる用法ですので、古文書を読む前には頭を柔らかくしておくことも必要なようです。人名や地名の同音異字の場合にも一概に別人・別土地と即断せず一歩立ちどまるなど注意を要します。
・同音異字の解読筆写は原則は原文のままの漢字で筆写し、現在の通用漢字への変換はしません(例:異見を意見にしない)。ただし名前や地名などで明らかな誤字の場合は解読筆写の約束事に従って書き表します。※「(午)・・書き下し文・・」の項参照
【追書(おってがき)】
◯差出人が宛先人に差し出す前の書状に追加文言を書き添えるもので、私信などに多く見られます。
・古文書の先頭行の前の余白部分が意外と広いものを目にすることがありますが、これは最初から追書が必要になることを想定して余白を残して書き出し、いざ追書が必要になった際はその余白部分を使用することになります。
・先頭部分の余白が足りない場合には、そのまま書き続けて本文の行間の隙間に入ってまで書き足すということがあり、いくつか目にしています。
・追書がされた古文書の解読にあたっては本文と追書を混同しないように注意が必要ですが、文意が通じない場合には追書が混じっているかも知れません。次のようなヒントになる違いもあります。
・追書は本文より少し文字が小さく行頭が少し高いこともある。
・筆致が本文とは微妙に異なる(雑っぽくなる)。
・書き出し文字に「尚」「猶」「追」がある。
・逆に、追書の最初の文字が読み難い場合には「尚?猶?追?」と見当を付けてもいい。
【干支(えと)】
◯「干支」は「十干」と「十二支」を組み合わせたものです。
・本項は干支の全貌を解説をするものではなく無理でもありますので、それは各種文献に譲りたいと思います。ここでは古文書への記載方法に絞って述べます。
・古文書では「日付」「時刻」「方位」の表記に「十干・十二支」が頻繁に出てきます。干支はほとんどの書状に書かれているとも言えます。
・日付を記す際の干支は、十干と十二支両方の場合も十二支だけの場合もあり、文中では年を省いて「当酉」(酉年の今年)「去午」(午年の去年)などと記すことも多くあります。
・後付の日付に記される干支は元号や年とともに記されます。十干・十二支両方を記す場合は、横並びや斜め書きもありその場合は十干を右側に、十二支を左側に記すものがほとんどと思います。
・十二支の「寅」には旧字の「刁」があります。十二支の記載箇所に何だか分からないくずし字があったら「刁」の見当をつけることも手です。
・「年月」が記された箇所に閏月であることを「閏」と記しているものも多く、その場合「閏」の略字の「壬」が記されることも多くあります。「壬」は十干の「壬(みずのえ・ジン)」と同字で、ともに年月の箇所に表れる文字ですので混同しないように留意します。
・時刻の干支は、多くは文中で時刻を十二支で表す際に用いられ「丑之刻」など記されます。十二支ではなく「明ケ六ツ」などと当時の時法で記されているものも当然あります。
・方位を干支で表す場合は「艮ノ方向」(うしとらの方向)などと記されます。「艮(うしとら)は丑寅」「巽は辰巳」「坤は未申」「乾は戌亥」と関連付けて覚えます。