【武野八景の五・吾庵疉翠-P1】の翻刻・訳文・注釈
武野八景の五は「吾庵疉翠‐ごあんじょうすい」です。
八景も五カ所目になります。これまでの四カ所はそれぞれ特有の情景と物語りがありました。ますます興味深いです。
吾庵疉翠
・吾庵疉翠⇒所在地は埼玉県所沢市。西武ドーム球場の西側に吾庵山という山号の寺院(山口観音金乗院)があるが、その辺りが「吾庵」という地名だろうか。また「疉翠」とは具体的にどのような情景だろうか。読み進めるのが楽しみだ。
・疉=畳⇒「重なり、繰り返し」の意あり⇒〔用例〕畳語:同一の単語を重ねた言葉(時時、山山など)、畳峰:重なり連なる山々
・翠⇒「みどり、もえぎ」の意あり
狹山の半はより北に連延せる山中、境を入間郡に接する處を山口と曰、千手大士の
靈場有り、
・狹山=狭山
・狹山の半ばより北に⇒この文意から「狹山の中間」は現在の多摩湖(村山上下貯水池)が出来る前に西から東へ流れていた川(石川、宅部川)沿いの低地を指すと思われる。
・連延:(れんえん)つらなり続くこと
・境を入間郡に接する處⇒現在は埼玉県所沢市と東京都東大和市の接するところ(多摩湖の北岸側)になる。
・處=処
・山口=現在の所沢市山口を指す。
・千手大士⇒千手観音を指す。
・大士:(だいじ)菩薩の異称
・靈場:(れいじょう)神仏の霊験あらたかな地
吾庵は、其の山號なり、羣山圍繞し、萬松欝茂にして、冬と無く夏と無く、疊翠
影を落し、
・號=号
・羣山=群山:(ぐんざん)たくさんの山、連なり続いている山
・圍繞=囲繞:(いじょう、いにょう)ぐるりと取り巻くこと
・萬松⇒多くの松の意と解す。
・欝茂:(うつも)草木がこんもり茂ること
・疊翠=畳翠:じょうすい:緑がうち重なること
幽邃清淨の地なり、正面石坂の下と、二王門の外、左右の山根に、酒食を賣る家有、
中央廣平にして、
・幽邃:ゆうすい:景色などが奥深くてもの静かなこと
・清淨=清浄:(せいじょう)清らかでけがれのないこと
・二王門=仁王門:(におうもん)仁王の像を左右に安置した寺院の門
・賣=売
・廣平=広平⇒語義のとおり広く平らな場所の意と解す。
前喬木の間より、渓田の洞達するを望み、幽景亦賞するに堪たり、傳記有、其の略に曰、
・前⇒「広平」な地の前側(仁王門の反対側)の意と解す。
・喬木:(きょうぼく)高い木、年数を経た大きな木
・渓田⇒字義から山間にある田地の意と解す。
・洞達:(どうたつ)貫きとおること、見通すこと
・幽景⇒字義から奥深くて物静かな景色の意と解す。
・﹂⇒原文の鉤かっこの役割が拙子には未だ理解できていない。ここに使われている状況は、鉤かっこまでが事実の描写でそれ以降は言い伝えである、という区切りを示しているように解される。
・傳=伝
聖武帝の神龜五年、行基大士遊化して斯に至る、西日既に没して、宿を授する家無し、
・聖武帝⇒書き出し位置が他の行より高い、これは「擡頭(たいとう)」という敬意表現になる。
・聖武帝⇒聖武天皇、第45代天皇
・神龜=神亀⇒奈良時代の年号(724~729)
・行基⇒飛鳥時代から奈良時代にかけて活動した僧、日本で最初の大僧正、聖武天皇により奈良東大寺の大仏造立の責任者として招かれる。
・大士:(たいし)立派な人物(菩薩を指す大士の読みはだいじ)
・遊化:(ゆけ)遊行教化の意、僧が諸所にに出かけて人々を教化すること
錫を樹下に掛て、誦經禪觀す、深更の後、千手陀羅尼の聲林間に起る、大士恠て和誦す、
・錫⇒錫杖(しゃくじょう)を指す。
・樹下:(じゅげ)⇒「坂東三十三所観音霊場記巻之十(明和八年)」に類似記述ありその読み仮名による(以下、「観音霊場記読み」と注釈する)。
・誦經:(じゅきょう)仏教の経文を唱える(儒教の経典を読む場合は、しょうけいと読む)。
經=経
・禪觀:(ぜんかん)座禅して真理を観ずること
禪=禅
觀=観
・千手陀羅尼:(せんじゅだらに)「千手千眼観自在菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼」の略、千手観音の功徳を述べた八十二句の呪文
・聲=声
・大士⇒行基を指す。
・恠=怪
・和誦⇒声を合わせて唱える意と解す。
為間異香薫し、靈光輝き、千手觀自在尊、忽然として樹上に影向す、大士益〳〵
陀羅尼を念誦し、
・薫し:(くんじ)⇒「観音霊場記読み」
・為間⇒原文読み仮名は「しばらくあって」。くずし字用例辞典には「しばらくありて」と読む用例あり。
・異香:(いきょう)すぐれた良い香り
・靈光=霊光:(れいこう)不思議な光、霊妙な光
・影向:(ようごう)⇒「霊場記読み」⇒神仏が衆生の心に応えて姿を現すこと、神仏の来臨⇒読みは「えいごう」「えいこう」とも。平賀源内の『荒御霊新田神徳』では「ゑうがう」と振り仮名されている。
(注)原文は「影向」が熟字表現になっておらず(竪点がなく)、原文の読み順では「向す樹上に影」となり文意不明だが、影向(ようごう)の熟語にすればその意味も文脈にぴったりとするので熟字として解釈した。なお原文の次行にも「影向」の用例が出現し熟字表現はないが語順のまま素直に影向(ようごう)と読めて文意も合致する。
・念誦:(ねんじゅ)心に念じて口に仏の名号や経文を唱えること、念仏誦経
樹を匝て瞻禮す、旦を待て影向の樹を伐り、感見する所を模彫し、永く度生の方便を
此に施す、
・瞻禮=瞻礼:(せんらい)仏祖を仰ぎ見て礼拝すること
・感見:(かんけん)感動しながら物事を見る)
・模彫⇒似せて彫ることの意と解す。⇒「もちょう」と読んだが「うつしきざみ」とも読むと思われる。
・度生:(どしょう)=度衆生:(どしゅじょう)衆生を救うこと
・方便:(ほうべん)仏が衆生を導くためかりに使った手段
【武野八景の五・吾庵疉翠-P1】ここまで