武野八景の一・・・六所挿秧ろくしょそうおう-P2 | 古文書サイトです。戊子サイトです。戊子=つちのえねでは古文書の基礎から上達まで、一般的な知識からその特徴やユニークなことまで、さまざまなページを作成しさらに追加しつつあります。このサイトによって古文書が身近になり古文書の楽しさ倍増になりましたら幸いです。2022年初夏からは江戸時代の武蔵野についての武野八景という書誌の解読を進めています。ホームから興味あるページをご覧ください。

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「武野八景」訳文
武野八景の一・・・六所挿秧ろくしょそうおう-P2

【武野八景の一・六所挿秧-P2】の翻刻・訳文・注釈

畫不 ⇒前ページ「六所挿秧-P1」からの繰り越し

畫して災を為ず、古より粢盛匱乏の憂へ無し、故に一州の民、神田の豊稔我か私にかくしてわざわいをなさず、いにしえよりしせいきぼうのうれいなし、ゆえにいっしゅうのたみ、しんでんのほうじんわれかわたしに
及んことを願ふ者、およばんことをねがうもの、
・畫=画⇒分けるや区画の意、「神田は他の田畑と違って」の意と解す。
・粢盛:(しせい)神に供える穀物や餅
 粢(し)穀物の総称、特にきびをいう
・匱乏:(きぼう)とぼしい、衣食が足りない
 匱:(き)ひつ、とぼしい
・一州:(いっしゅう)一つの国、その全体、全国
・豊稔:(ほうじん)豊かに実ること
 稔:(じん、ねん)稲が成熟する、穀物が実る

西より東より、南より北より、秧を持して来り集り、田上雲のごとし、一朝に挿し畢て、にしよりひがしより、みなみよりきたより、なえをじしてきたりあつまり、たのうえくものごとし、いっちょうにさしおわりて、
・秧:(よう、おう)苗、稲や草の苗
・畢:(ひつ、ひち)終わる、終える

祝聲止まず、或は躍り或は抃ち、遊戯蹂躙、甚た壮觀為り、是に於秧皆泥に没すと雖、しゅくせいやまず、あるいはおどりあるいはうち、ゆうぎじゅうりん、はなはだそうかんたり、ここにおいてなえみなどろにぼっすといえども、
・遊戯=原文はあえて熟語表現記号(竪点)を付している。「あそびたわむれる」と読まれることを避けたと解した。
・祝聲=祝声⇒辞書にない熟語だが、読み「しゅくせい」で意は字義のとおりと解した。
・抃:(へん、べん)うつ、手をうつ、手をたたく
・蹂躙:(じゅうりん)踏みつけること
・觀=観

明旦勃然として起き、其の挿するや種を異にして、其の獲るや穂を同す、俗傳へ言ふ、みょうたんぼつぜんとしておき、そのそうするやたねをことにして、そのとるやほをおなじくす、ぞくにつたえいう、
・明旦:(みょうたん)明日の朝、明朝
・勃然:(ぼつぜん)急に、勢いよく起こるさま
・傳=伝

六所七恠有と、是れ其の一なり、毎年例祀、五月を大なりと為、三日の夜に始り、五日のろくしょしちけありと、これそのひとつなり、まいとしれいき、ごがつをだいなりとなす、みっかのよるにはじまり、いつかの
夜に終る、よるにおわる、
・恠=怪:(かい、け)怪しい、怪しむ
・例祀=辞書にない熟語だが、読み「れいし」で毎年決まった日に行われる祭祀の意と解す
・為大ナリ-(は返り点)⇒原文のこの解読に窮した。「大(だい)」は重んずる、尊ぶの意と解せる。しかし「ナリ-」の「-」が不明のままだが「ナリト」として解釈した。

明晨乃神田の挿秧なり、記に據るに、景行帝四十一年、五月五日、大巳貴尊の神此にみょうしんすなわちしんでんのそうおうなり、きによるに、けいこうていしじゅういちねん、ごがついつか、おおあなむちのみことのかみここに
に降る、くだる、
・明晨=辞書にない熟語だが、原文は熟語表現(竪点あり)になっている。
 晨:(しん、じん)朝、夜明け
・乃:(すなわち)ある動作の終わったその時、途端
・﹂⇒原文のこの記号の用法が理解できていない。引用範囲の終点を表すものではなく、この後は言い伝えをそのまま記す意味と解せる。
・據=拠
・景行帝:(けいこうてい)景行天皇は第12代天皇(古墳時代)、日本武尊(ヤマトタケル)の父
・景行帝の書き出し位置が他の行より高い⇒「擡頭(たいとう)」という敬意表現。景行帝に敬意を表している。行の途中にその名を記すのは欠礼として字を余らせて改行し次の行でより高い位置に書き出すもの。
大巳貴尊ヲヽアナムチノミコト=古事記では大国主神(おおくにぬしのかみ)の名

帝命して廟を建つ、配するに去來冊尊、服狹雄尊、亞肖氣尊、ていめいじてびょうをたつ、はいするにいざなぎのみこと、すさのおのみこと、ににきのみこと、
・帝命の書き出し位置⇒擡頭による敬意表現になっている。
・帝命じて⇒原文の「帝命して」は「帝が命じて」と解した(「帝命があって」の意とも読める)。
・廟:(びょう)霊を安置する堂、神社、祠、王宮の正殿⇒次ページに表れるが「六所宮」を指す。
去來冊尊イサナミノミコト伊邪那美命イザナミノミコトと同一か⇒配偶者伊邪那岐命イザナミノミコトは天照大御神の親
服狹雄尊ソサノヲノミコト須佐之男命スサノオノミコトと同一か⇒天照大御神の弟
亞肖氣尊ニニキノミコト迩迩芸命ニニキノミコトと同一か⇒天照大御神の孫

布留 ⇒この部分は次ページ「六所挿秧-P3」へ繰り越す。

【武野八景の一・六所挿秧ろくしょそうおう-P2】ここまで

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初めに・・・武蔵野の素晴らしさ!その読み解きのスタートです。 表紙と見開き・・・肉太の書跡にデザイン性を感じます。 序文1-P1・・・關脩齢による序-P1 序文1-P2・・・關脩齢による序-P2 序文1-P3・・・關脩齢による序-P3 序文2-P1・・・作者「峡南山人」による序-P1 序文2-P2・・・作者「峡南山人」による序-P2 序文2-P3・・・作者「峡南山人」による序-P3 序文2-P4・・・作者「峡南山人」による序-P4 序文2-P5・・・作者「峡南山人」による序-P5 序文2-P6・・・作者「峡南山人」による序-P6 序文2-P7・・・作者「峡南山人」による序-P7 凡例・・・本文著述に先立つ4箇条の説明 武野八景の一・・・六所挿秧ろくしょそうおう-P1(場所は府中市) 武野八景の一・・・六所挿秧ろくしょそうおう-P2 武野八景の一・・・六所挿秧ろくしょそうおう-P3 武野八景の一・・・六所挿秧ろくしょそうおう-P4 武野八景の二・・・立野月出たてのつきいず-P1(場所は国分寺市) 武野八景の二・・・立野月出たてのつきいず-P2 武野八景の三・・・玉川觀魚たまがわかんぎょ-P1(場所は立川市、日野市) 武野八景の三・・・玉川觀魚たまがわかんぎょ-P2 武野八景の四・・・函碕舊池はこざききゅうち-P1(場所は西多摩郡) 武野八景の四・・・函碕舊池はこざききゅうち-P2 武野八景の四・・・函碕舊池はこざききゅうち-P3 武野八景の五・・・吾庵疉翠ごあんじょうすい-P1(場所は所沢市) 武野八景の五・・・吾庵疉翠ごあんじょうすい-P2 武野八景の五・・・吾庵疉翠ごあんじょうすい-P3 武野八景の六・・・宅部寒鴈やけべかんがん-P1(場所は東大和市、東村山市) 武野八景の七・・・将塚暮靄しょうちょうぼあい-P1(場所は東村山市、所沢市) 武野八景の七・・・将塚暮靄しょうちょうぼあい-P2 武野八景の八・・・金橋櫻花きんきょうおうか-P1(場所は小金井市、小平市) 武野八景‐各地の挿絵・・・一枚のスケッチが多くのことを伝えています。
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