武野八景の五は「吾庵疉翠」で、場所は埼玉県所沢市の山口でした。
「吾庵」は同地にある観音霊場の山号のことで、疫病に苦しむ人々の拠り所になった物語がありました。この記事の今はコロナ禍第7波の真っ盛り。ワクチンのなかった遠い過去に想いを馳せました。
「疉翠」は緑豊かな意と解しましたが、「吾庵」のすぐ横の狭山湖畔に石原慎太郎書の碑「五風十雨の味わい」があることを思い出しました。トトロの森もありますが当時の「疉翠」は想像するよりもはるかに「疉翠」だったのでしょうね。
続いて武野八景の五の作業に入ります。
武野八景の二は「立野月出」で、東京都国分寺市の「立野」という場所でした。
武野八景の三は「玉川觀魚」で、東京都の立川市と日野市に間を流れる多摩川が場所でした。
「月出(つきいず)」と「觀魚(かんぎょ)」についてはおおよその見当は付きそうですが詳細は該当ページをご覧ください。
続いて武野八景の四の作業に入ります。
武野八景で最初に表れた名所の題名は「六所挿秧」でした。原文のページ区切りに合わせ4ページに分けました。
「六所」は地名で現東京都府中市、「挿秧」はその地を象徴する言葉でした。
続いて作業する題名は「立野月出」です。さて、どこのどのような情景でしょうか
作業を進めるにしたがって至らない点が多々あり汗顔ものですが、引続き作業します。どうぞご覧ください。